節分の行事と宮中

 

節分の行事はもともとは、宮中の行事であったといわれています。
宮中行事のひとつである「追儺(ついな)」がひろまって、今の節分の行事が成立しました。
そして追儺は「鬼やらい」ともよばれ、現在の豆まきに繋がっています。

では、この追儺とはどのようなものだったのでしょう。

追儺は、平安時代の宮中行事のひとつで、古代中国 から伝わってきた鬼を払う儀式のことです。
平安時代の初期頃から行われていたとされています。

宮中では大晦日の夜に、悪鬼を祓い厄災を除くために盛大に行われました。
新年を迎えるにあたり、このような行事が行われたていたようです。

その内容は、大舎人が扮する方相氏が、右手に矛、左手に盾をもって鬼払いをするという儀式でした。
「しんし」と呼ばれる役人20人を従えて、「鬼やらい、鬼やらい」と声をかけつつ、
宮中を歩き回わったとされています。

追儺については、その様子などが枕草子や源氏物語にも描かれているので、
当時の様子を知る資料として、読んでみるのもいいかもしれません。

また、陰陽道もこの追儺との関係が深いようです。
様々なものとの繋がりがわかってくると、また見方も面白くなってきますよね。

節分をたどっていくだけでも、昔の宮中での行事や様子などが浮き上がってきて、
非常に興味深い感覚を覚えます。
節分の日を迎えるにあたり、このようなことを意識することで、
また、行事への参加の仕方、楽しみ方も変わってくるかもしれませんね。

メニュー